センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

命を繋ぐもの

昔、


料理研究家の城戸崎愛さんが


インタビューに答えた記事が


とても印象に残っている。




城戸崎さんが可愛がっていた犬が


病気になり、獣医師からも見放された。


家に連れ帰り、


最期に思い切り美味しい物を食べさせたいと


コシヒカリを炊き、


最上級のお肉を焼いた。



すると、それを見た犬は


ペロリと平らげ、元気になった。



だから、


食は大事なのだ、と。







私はこの話がとても好きだ。




それからしばらくして


当時、


飼っていた猫が病気になり入院したとき



何も食べられなくなった猫を


家に連れ帰った。



ワンワン泣き叫ぶ犬にはさまれ、


絶望的な声で鳴く猫が


あまりに不憫で、つらかったのだ。



私は1日仕事を休み、ずっと寄り添い


とびきりの餌を用意した。



そして、


城戸崎さんの犬と同じように


飼い猫は、しっかり食べて元気になった。







あの日の猫はまだ若かった。




目の前にいる老猫は


もう、旅立つ支度をしているのだと


私は泣くことしかできなかった。



少しでも食べてくれるように


何種類もの餌を用意して


日替わりで食べさせてきたのだが、


もう、チュールさえも食べられない。







それでも



城戸崎さんの話を思い出し



だめで元々、


魚屋さんで、とびきり美味しい焼き魚と


まぐろとかじきの刺し身を買った。




それを細かく刻み、


恐る恐る老猫に差し出すと



老猫は



それを口にした。




もちろん、


ほんの少ししか食べられない。



けれど、


懸命にそれらを咀嚼しようと


がんばっていた。







美味しい食は、


老猫にも



生きる意欲を与えるのだと


それが希望に繋がるのだと



教えられた気がする。




自分で食べられることの幸せは


きっと皆同じだ。




明日、もし命が尽きたとしても



老猫が懸命に食べる姿が


諦めずに命を繋ごうとする姿が




私には


何よりのクリスマスプレゼントだ。