センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 無限の可能性


大学で児童心理学の講義を受けていたとき、


キレのいい率直な発言をするその教授は



「子どもに無限の可能性なんてない」と


言い切った。



誰でもオリンピックに行けるわけじゃないし


誰でも東大に行けるわけじゃない。



他にも為になる講義はあったはずなのに、


私が思い出すのは、いつもこの言葉だ。



長男が小さい頃、


よちよち歩きが少ししっかりしてくると、


毎日のように散歩に行った。



公園までの道はアスファルトだが、


長男はいつも裸足で歩いた。



足が火照るのか、靴下も靴も


全部脱ぎ捨てて、トコトコ歩き出す。



どんなに説得しても裸足にこだわるのだ。



仕方がないので、道中は足元に気をつけつつ


近所の人たちに「元気ね〜」と笑われながら


歩いていた。



真冬のある寒い日、


いつものように裸足の長男と散歩していると


立派なセダンが横を通りかかった。



運転していたのはメガネをかけた女性で、


70代くらいのその女性は


私を非難するように睨みつけた。



その目は、


こんな寒い日に幼い子どもを裸足で歩かせて


なんて非常識な親なの!と言っていた。



そうだよね、そりゃあ、そう思うよね。



虐待じゃないんです。


説得しても脱いでしまうんです。



心の中で言い訳するのだけれど


相手には届くはずもない。



毎日の散歩の中で


長男はマンホールに興味を持つ。



マンホールを見つけては止まり、


しゃがみこんで、マンホールを指差す。


ちょっと変わった子どもだった。



あぁ、マンホールにも絵が描かれてるんだ。


長男との散歩で初めてそれに気づいた。



夫の車に乗って旅行に行くと、


マクドナルドとか、様々な店舗を


目に焼き付けて、



旅先に持って行ったお絵かき帳に


正確にその店舗を描いてみせた。



電信柱も彼の興味を引いたらしく、


何度もお絵かき帳に描いていた。



人間は描けなかった。


その年齢なら、棒人間が描けるはずなのだが


小学校に上がっても描けなかった。



新米の母親である私は


「普通」を求めた。「普通」が良かった。



視覚優位の長男は、


彼が興味を持った電信柱とかマンホールとか


建物などは、見事に再現した。



でも、そんなものを再現するより、


「普通」に子どもらしい絵を


描いて欲しかった。



その願いは結局、叶わなかった。



100円ライターをきれいに並べるのが好きで


デジタル時計の数字にこだわった。



時計が自分のこだわる数字になるまで


車を降りようとはしなかった。



普通に、普通に、普通に。


普通に育っていくよその子どもが


心底羨ましかった。



発達障害の子どもを持つ多くの親と同じく


私も必死で勉強を教えた。



算数はなんとかなったけれど


国語は悲惨だった。



漢字は大丈夫だったが、


読解なんて、教えようがなかった。



感想を書く、なんて簡単なことが


彼にはものすごく難しかった。



「子どもに無限の可能性なんてない」


という言葉を何度思い出しただろう。



そうして、おそらく長男にとっては辛い、


母親の私にとっては痛い、


義務教育期間は過ぎていった。



彼が成長していき、


なんとなく「普通」に紛れ始めると、



彼の見事な視覚能力は影を潜めた。



「普通」にこだわってきたら、


特異な能力は影を潜めて、


ちょっとつまらなくなるんだな。



と、なんとなく思った。


それを強く望んでいたのに。



そうして、彼は高校へ行き、


推薦で大学へ行き、


私は卒論まで手伝う羽目になった。



無事に卒業して、


なんとか就職したけれど


ホワイトカラーは望むべくもなく



油の汚れもにおいも取れない作業着を着て


残業をやって、やっと人並みの給料で


真面目に働いている。





「普通」にこだわった私を


今の私が後悔しているかと言うと



後悔は1ミリもない。


子育ての過程では、身を捩るほど


反省も後悔もしてきたけれど…



「明日、持つかも知れない力で


今日を生きることはできない。」



雑誌で見つけたその言葉が


今はよくわかる。



子どもも大人も


今日は今日持つ力でしか生きられない。



タラレバはきりがないのだ。



がんばって、がんばって、それを積み重ねて


「可能性は無限ではない」と


初めてわかるのだと思う。



無限ではないことを知るまでのプロセスは


決して無駄ではない。



身を捩るほど反省し、後悔してきた私も


自分を許せるようになった。



それにも時間が必要だったし、


そのプロセスが必要だったのだと今は思う。



私が今を生きていて、幸せで


長男が長男なりに幸せであるなら、


それはそれで正解である。



子育てにも、自分育てにも


落とし所を探ることは必要かも知れない。



もう、や〜めた!


と言いたくなるカオスな職場ではあるが



それでも決断できないのは



私が長男を育ててきた日々が


今の仕事に繋がっているのかも知れない、


と、ふと思う時があるからなのだと思う。



可能性は無限ではない。



無限ではないけれど


小さな可能性に寄り添う自分でありたい、


と、きれいごとに賭けてみる。



きれいごと、万歳(⁠ノ⁠^⁠_⁠^⁠)⁠ノ




平井 大 / もしも、僕がいなくても。(Music Video)