センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 二重線


人が亡くなると 死亡診断書が発行される。


これは 死後の手続きのあれこれに必要で


何枚かコピーしておくようにと助言される。




夫の場合は死亡診断書に二重線が引かれた。



誰にも看取られることなく亡くなったし


それを見つけたのは警察官だった。






ラインに既読がつかないことはよくあった。


だから特に気にも留めなかった。



あの前日、電話にも出なかった。


部屋を訪ねて、チャイムを押しても出ない。



面倒くさがり屋で、お酒を飲むと腰も重い。


奥の部屋の電気はついている様だったから


また、居留守を使っているのだと思った。



それでも


翌朝、やはり電話が通じず、



会社に電話したら、


4日ほど連絡が取れないと言う。


アルコールによる脱水症で休職中だったので


最後に電話で話したのは、年末だったと。




再度、夫の部屋に出かけたが、


鍵がかけられていて、


チャイムにも反応がない。



その足で交番に出かけ、事情を話した。


別居中で部屋の鍵は持っていない、と言うと



対応してくれた初老の警察官が


どこかに電話をかけて、同じ説明をした。



そして、


鍵を壊すことに同意してもらえるか、


と聞かれた。もちろん同意した。



現地に警察官が二人向かうから、


そこで合流するように言われた。



まさか…と不安で緊張しながら、


居留守だったら、怒ってやろうと


このときは まだ思っていた。




若く、体格の良い二人の警察官が


どうやって開けたのか


玄関ではなく、窓から中に入った。



そして


トイレで倒れている夫を見つけた。






別の警察官がやって来て


なぜ別居していたのか、いつからなのか


矢継ぎ早に聞いた。




そして、救急車が到着して 中に入り


間もなく



「救急隊にできることはありませんでした」


と頭を下げて 戻って行った。




翌日、病院の休日診療の外来に


死体検案書を次男と二人で取りに行った。



「死体検案書」という言葉がつらく、


待っている間、振り返った待合室は


年末に次男と二人で夫を連れてきた場所で



あのときは三人だったのにな、


と 夫の座っていたベンチを見た。



そうして



渡された書類には


死亡診断書 と書かれた文字に



二重線が引かれ


死体検案書 と書かれていた。



人の死であることに違いはない。



けれど



死亡診断書と死体検案書の違いは


私たちにとっては とても大きな違いで



あれこれの手続きに必要となるこの書類に


まっすぐに引かれた二重線が


いつも 胸に刺さるのだ。