センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 子どもの未来を語るな

「フリースクールは国家の根幹を崩す」


という市長による発言が問題となっている。



「不登校の大半は親の責任」という発言にも


抗議が寄せられているという。



長と名のつく重責にある方の発言としては


配慮に欠け、誠に残念な発言である。



ただ、配慮にも慎重さにも欠ける発言だが、


この発言をただ無理解だと攻撃するのも


少し違うのでは、と思う。



この方がどんな思想の持ち主なのか、


私にはわからないし、


この発言の真意もわからない。



でも、子どもの居場所、学びの場の確保、


としてフリースクールへの支援を手厚くする


ということが慎重に考えられるのは当然だ。



小中学校は義務教育だ。


大人は子どもの教育を受ける権利を保証する


義務がある。



学校はきちんと計画が立てられ


年間のカリキュラムが組まれている。



皆、平等に教科書が与えられ


同じ内容の授業を受けられる。



安全に配慮され、


栄養価を考えた給食が食べられ


朝から午後まで居る場所がある。



しかも無償だ。


問題は山積しているが、そこに学校はある。



勉強はどこでだってできるし


学校以外の場での経験も大事だ。



でも、学校でしかできない経験もある。



フリースクールを子どもたちの居場所に、と


奔走され、懸命に努力されている方も多い。



しかし、そうじゃない施設があることもまた


事実なのだ。



放課後の子どもの居場所として


放課後学級とか学童とか


放課後等デイサービスとか



色々な場所で働いてきたけれど


純粋に子どもたちのため、というより



大人の都合とか、利益とか


そんなことに支配されている施設が多いのも


事実なのだ。



行政に提出する書類とか、


パッケージさえ整っていれば、認可される。



でも、きれいに飾られたパッケージの中身は


スカスカで、子どもをお客様として集める、


子どものためにならない施設もあるのだ。



フリースクールも同じだと思う。


素晴らしい施設があるのと同時に


そうでない施設も少なからず存在する。



だから、バッシングを受けた発言の真意が


どこにあるのかは慎重に考えるべきだ。



配慮に欠ける、一方的である、という


そこだけにフォーカスしないで



義務教育である学校が


先生も子どももどんどん不登校になっている


今の現状をちゃんと考えていこうよ。



別の居場所が見つかれば、それでいいの?


その質はちゃんと担保されてるの?



誰にでもオールマイティな場所なんてない。



義務教育である学校の問題を


もっとちゃんと考えて、


そこに知恵もお金も投入しようよ。



学校が瀕死の状態にある国が


子どもの未来を語るなよ、と思う。



きれいなパッケージを幾つも用意して


でも、中身はスカスカで


土台はぐらぐらしていて



そんな利益優先の大人本位の施設で


それでもまだできることはあるって


田舎町の片隅で私はまだ信じている。



「国」なんてあやふやなものは信じないけど


「人」の力は信じている。



誰にでもできることはある。


誰かの1面だけを見て叩いてる暇に


できることはきっとある。