センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 カーマインローション


私の中で、澱のように沈んでいる何かが


時折ふと、カーマインローションみたいに


大きく振られて、あっという間ににごる。



義兄と久しぶりに会ったことで


私の中で、まだ沈みきらない何かが


あれこれと思い出される。



「過去にさかのぼって怒るな」


という、夫の声が 聞こえてきそうだ。



義父母が遠くに住んでいるときは


助けてもらった毎月のローンの半分は


夫の口座に振り込まれた。



引っ越して来てからは


夫に手渡しになったのだが



いつしか 私に手渡される様になった。


これが私は嫌だった。



今にして思えば


夫名義の家に 義父母が住むことに


義母なりの遠慮があったのだろう。



家賃として払っている、というような


理由付けが必要だったのだと思う。



私は、といえば


若さ故のわがままなのだけれど



毎月、そのお金を


「ありがとうございます」と頭を下げて  


受け取るのが嫌だった。



「半分はこちらが負担してるんだからね


と言われているようで、嫌だった。



私と夫が出会う前に


夫と義母とで相談して買った家だ。


私ではなく、夫に渡して欲しかった。



しかし、まだ若くて未熟な私は


気づいていなかった。



夫と義姉が お金のこととなると


思いもよらない行動に出るということを



いちばんよくわかっていたのは


他でもない、義母であったということを。





新婚時のバレンタインデーに


義兄にもチョコレートを渡したことがある。



そのお礼にと、


義兄はホワイトデイにお返しをくれた。



それを、義母が預かって、私に渡した。


「お礼を言わないとね」とひとこと言って。



受け取った後、義兄から電話があった。


これから、そちらに遊びに行くから、


というものだった。



これから遊びに来るのなら、


そのときにお礼を言えばいい、と思った私は



そのまま電話を切ったのだが


義母が手を叩いて


「あっ、お礼を言うのを忘れた!」



と大げさに言った。


それが少し神経に触った。



私は何かをいただいたりしたときに


お礼を言わないほど失礼な人間ではない。



なんだか 心外だった。



しかし、それも 後に理由がわかる。


原因は夫だったのだ。



ある日、義母が私に言った。


「この前、息子(夫)にお金を渡したけど


 もらった?」



それは、私を気遣ってお小遣いとして


1万円を用意し、夫に託したお金だった。



それを、一度だけ私は受け取ったのだが


もちろん、お礼の電話を入れている。



だが、その後に何度かお金を託しても


私がお礼の一つも言わないので


義母はきっとモヤモヤしていたのだ。



そうして、私が受け取っていないことを知り


夫には直接渡してはいけない、


と義母は悟ったのだ。



だから、ローンの援助分も


私に直接、渡そうとしたのである。



私とて 夫がそんなことをするなんて


思ってもみなかった。



いったい、母から託された妻への小遣いを


ネコババする夫がどこにいるだろう。



私は、真剣に腹を立て、夫に怒った。


お金が惜しかったからではない。



世間一般的にデリケートに扱われる嫁姑だ。



お金を貰っても礼も言わない嫁に


腹を立てない姑がいるだろうか。



自分の小遣いにしたいがために


嫁姑の間を危険ゾーンに落とし込むような


軽率な行為が許せなかったのである。



つましく暮らす義母が


仲良くしようと気遣ってくれた気持ちを


蔑ろにしたことが許せなかったのである。



何より 夫がそんな器の小さい、


愚かな人間だったことが、悲しかったのだ。






にごる、にごる。私の心はにごる。



私もまた、どうしようもなく


器の小さい、愚か者なのだった。



夢  中村つよし