センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 夫の嘘➁


抑えがたい憤りを原動力にして


売却予定の家は なんとか1日で片付いた。



売却が決まったのは


世間が冬のボーナスに心躍らせる頃だった。



毎月のローンの支払いは10万ほどで


半分は義父が負担してくれたが



わずかな頭金だけで購入した家は


年に2回のボーナス払いが大きかった。



夏、冬2回、夫は50万ずつ払っていた。



購入当時、


ボーナスを100万ずつ貰っていたので



無理のない返済に思えるが、


ボーナスはボーナスなのだ。



経営に翳りが見えたときには


そのボーナス払いが首を締めることになる。



そして、ちょっとした国の方針転換で


夫の会社も経営が厳しくなり



あっという間に ボーナスは出なくなった。



あの頃は苦しかった。



のんびりと生きてきた私も


必死で節約し、必死でお金を貯めた。



だから、義父母の死後、


家の売却が決まったときには 


心底ほっとした。



ボーナスがないのに、


ボーナス払いがある恐ろしさ。



売却が決まって、


もうボーナス払いはない、と思っていた私に


夫は言った。



「最後のボーナス払いがあるんだ」



え?それはおかしくないか?


売却が決まって 精算されているのになぜ?



夫はそういう契約なんだ、と言い張った。


不審に思いながら、認めざるを得なかった。



後日、実家の関係で話す機会があった、


別の不動産会社の営業マンに尋ねてみた。



こういう場合、ボーナス払いは必要なのか、


と。



その営業マンは 夫の真意を理解したのか


苦笑しながら、必要ない、と断言した。



やっぱりね。


そうだろうと思った。



夫はもう何回も小さな嘘を重ねていたから


そういうことなんだろうとは思ったけれど。



あたりまえに嘘をつかれる自分を


認めたくなかった。



具合が悪くても心配もしてもらえない自分を


認めたくなかったのと同じだ。



見ない振り、気づかない振りをしないと


とてもやっていけない。


自分を保つことができない。



お金のことで 苦しい思いをしてきたから


まさか自分の至福の時間のために


嘘をついてボーナス払いを懐に入れるなんて



ありえないことだった。


ありえないが、驚くことでもなかった。




義父が亡くなった後、


いただいた御香典を夫が管理した。



夫は 少しお金にルーズなところがあり


私は夫に管理させるのは不安だった。



しかし、夫は自分が管理する、と言い張る。


夫にはしつこく言った。



これは、いただいたお金ではない。


お借りしているのと同じなのだ。



いただいた方々に ご不幸があったとき


同じように御香典としてお返しするお金だ、


と。



わかってる、使ったりはしない。


夫は約束してくれたけれど。



義父の貯金と合わせて


120万ほどあったその口座は



2年後にはゼロになっていた。



だから


ボーナス払いを懐に入れてしまっても


不思議はなかったのだ。





夫の遺品を整理していた私は


最後にもう一つ、夫の嘘を見つけた。



あの建売住宅の売却メモには


売却の査定金額が書かれており



そこには 住宅ローンの残額と


諸費用を差し引いた手取り額があった。



夫は


売却しても、諸費用を引くとトントンで


赤字にならないだけマシだ、と言っていた。



けれども その査定メモには


100万を超える手取り額が書かれていた。



100万は大金だ。



そのお金は どこに行ったんだろう。


ボーナス払いと合わせて


どこに行ったんだろう。



もう、こんな噓に傷つくこともないけれど


清々しいほど嘘つきな夫の



最後まで予想を裏切らない嘘のかけらに


やっぱりパズルのピースは


きちんとはまるものなのだな、と



苦笑いする私なのだ。