センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 持ち時間



昨日は夕方、次男を駅に送って行った。


ほんの少し寂しいけれど、


ほんの少しホッとする。



「嫁」として過ごした若い頃のお正月より


ずっと自由で ずっと楽なお正月だったが



それでも それなりに家事はあるし


それなりに 縛られる。



私は、ここ数年でようやく気づいた。



いつも年末になると


「お正月になったら」と魔法の言葉を呟く。



「お正月になったら」本を読もう。


「お正月になったら」テレビを見よう。


「お正月になったら」「お正月になったら」



けれども


実際にお正月になってみると



自分のために使える時間が


魔法のようにたくさん現れるわけではない。



主婦として 母として 娘として


やるべきことはたくさんあるのだ。



自由な時間は そんなにはない。



そういうことに


ようやく最近気づいたわけだ。


鈍感、という話である。





もう、そろそろ


自分ファーストでいいと思う。



だって 不器用なりにがんばってきたし


持ち時間には限りがあるのだから。



さぁ、私も今日から始動する。


自分ファーストでいこうではないか。



今年は、きっと良い年になる。