センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 記憶にない


便利な言葉である。



今朝、


認知症外来の予約が入っていた母を連れて


病院に行った。



診察前の血圧測定をしていると、


緊急地震速報のアラートが鳴る。



驚いてテレビを見つめる。


母は気にも留めない。



母が気にしているのは、


先生の質問に答えられるかどうか


ということなのだ。



車の中で何度も繰り返した。


「今日は4月3日」「季節は春」


「令和6年」「西暦2024年」



たったこれだけのことが


1分経つと忘れてしまう。



自分でも自覚があって、


病院に着いたら忘れてしまうと思っている。



待合室でも何度も私に尋ねる。


「西暦24年?」「4月6日?」(⁠•⁠ ⁠▽⁠ ⁠•⁠;⁠)



そうして、


いつもの遅刻魔の主治医の診察が始まる。



「お変わりありませんか?」


「今日は何月何日ですか?



「4月3日です」


おー、練習の甲斐があったぞ╰⁠(⁠*⁠´⁠︶⁠`⁠*⁠)⁠╯



そうして、


3分にもならない診療は終了。



先生はやる気がないので、


質問を最小限にしたらしい┐⁠(⁠ ⁠˘⁠_⁠˘⁠)⁠┌



帰りの車中で母は言うのだ。


「忘れるわさ、もう90だから」



いや、88歳だから☜⁠ ⁠(⁠↼⁠_⁠↼⁠)


多い方にサバを読んでどうする。



まぁ、年齢を重ねるってこういうことだ。



母はいつも言うのだ。


この年齢の大変さはこの年齢にならないと


わからない、と。



あちこちポンコツな私も


この年齢になって気づくことが多々ある。


記憶にも自信が無くなりつつある。






それでも、


面の皮厚く、壊れたテープレコーダーの様に



「記憶にございません」


などと言い切る御人よりましだと思う。



私は中島みゆきさんの歌が好きだ。


この曲も名曲だと思う。



だから、この曲を替え歌になんてしないで!


と思うのだが



この替え歌は見事である。さすがだ。


いや、感動はしないけどね¯⁠\⁠_⁠(⁠ ͡⁠°⁠ ͜⁠ʖ⁠ ͡⁠°⁠)⁠_⁠/⁠¯