センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 罰にも策にも勝るもの


まだ独身の頃、


よく行く喫茶店のマスターが私に言った。



結婚相手を選ぶときは


車の運転をよく見るといい。



貴女を乗せているのに



乱暴な運転をするような相手は


やめたほうがいい、と。




夫は安全運転だった。


慎重すぎるくらいのゆっくり運転だった。



けれども 婚約したとたん、


食事時にビールを飲むようになった。



飲酒運転である。



まだ、飲酒運転の厳罰化以前のことだ。



ここから先、


夫が 飲酒に依存していることが



家庭の中で大きな問題になっていったのだが


夫には 何が問題なのか理解できなかった。



子どもを車に乗せるようになっても


飲酒運転はやめられなかった。



夫に注意しても 私の知らない所で


隠れて飲んでは 運転していた。



事故を起こせば 自分だけでなく


誰かを巻き込むことにもなる。



それは許されることではない、


と何度も話し合った。



わかった、と本人は言ったが


本当には わかっていなかった。



何が 欠落していたのか?



人を大切にする気持ちだ。


誰も等しく大事な命だという認識だ。





小さな命が 置き去りにされて奪われた。


何が 欠落していたのか?



人の命を預かることの責任の重さだ。



忙しさや慣れ合いで 


大事なことを忘れていた。



再発防止策をどんなに考えても


それを忘れていては 防ぐことはできない。



誰かの命も 自分が背負っていることを


本当にわかっていたなら



夫も 飲酒運転などできるはずもなかった。




命への思いこそが


罰にも策にも勝るもの