センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 母の記憶



昨日、サーカスの話を書きながら


母の話を思い出していた。




私が小学生の頃、


小学校の近くにサーカスがやって来た。


友だちと見に行く約束をして


それを母に告げると、母の顔色が変わった。



子供だけで行くなんて、とんでもない。


大人が付いて行かなければだめだと


怖いくらいの勢いで言った。




そして、


母は自分が子供の頃の話を始めた。







小学1年生のとき、サーカスがやって来た。



友だちを誘って 子供だけで出掛けた。


サーカスなんて 珍しくて


なかなか見れるものではない。



老若男女、地域の大勢の人たちが集まった。



母たち子供は テントの3階席だった。


そこがいちばん安い席だったからだ。




   そこで 火事が起きた。



ライオンの火の輪くぐりが原因だった。


火はまたたく間に燃え広がり


3階にいた人たちは逃げ場を失った。



そこに ナイフを持った男性がいて


咄嗟にテントを切り開いて 飛び降りた。



それを見た母も 急いで駆け寄り


同じように そこから飛び降りた。



たまたま そこに馬がいて


母は馬に落ちてバウンドし、


さらに近くに倒れていた老女の上に落ちた。



3階から飛び降りたにもかかわらず


全く怪我もなく助かった。



一目散に家に走って帰ると



実の娘をおんぶしていた義理の母が


何事もなかったように


帰ってきたのか と呟いた。



母の祖母は 火事の話でパニックになり


母が無事に帰ったのを見て


二度とサーカスなんか行くんじゃない!


と、半狂乱で怒ったのだと言う。






母は里子に出されていたが


最初の母親が 病で亡くなったので


後妻に育てられていた。



その後に 後妻に実子が生まれたので


継子として いじめられはしなかったが


実子と何かにつけて差別をされた。



だから



サーカスで 咄嗟に判断して飛び降りた話と


生きて帰った母を見た、義理の母親と


祖母との愛情の差を感じるエピソードは



大人になってからも


何度も聞かされた。





このサーカスの火事で、


近所の子供が 2人亡くなったそうだ。


ほかにも 数人、犠牲者が出ていた。







私が友だちと行きたかったサーカスには


母や友だちの母親が付き添った。




地域の人々の記憶に


その火事のことが 強く刻まれ


子供には 大人がしっかり寄り添っていた。





そして 



私は あまりにこのサーカスの話が衝撃的で


あまりに何度もこの話を聞かされたので



自分の見たサーカスの記憶と


母の経験したサーカスの記憶が


ミックスされて 頭の中で映像化され



とても楽しかったはずなのに



ライオンの火の輪くぐりと


チョコレート味のキャラメルを食べたことが


どうにか 思い出せるくらいなのだった。