センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 夫の足跡



昨日、次男とお寺に出掛けた。


納骨の契約のためだ。


ご住職ではなくご子息が対応して下さった。



場所を選ぶために外に出ると


一匹のハチワレ猫が大きな声で鳴いている。


子猫期をどうにか過ぎたくらいの猫だ。


お寺の前に餌付きで捨てられたのだと言う。


中で飼っている犬も


同じように捨てられていたらしい。



お寺だから、


保健所に連れて行ったりはしないと


考えたのだろうか。








飼い猫が入院していたとき


その入院部屋の前に 


ふっくらとした猫が寝ていた。



その猫は 子猫といっしょに


その病院の前に捨てられていたらしい。



お寺とか 犬猫病院ならば


見捨てられることはないとでも考えるのか、


無責任な話だ。



コマーシャルではないが



 「それは優しさではありません。」




しかし


そうした犬を飼い、猫に餌をやるそのお寺に


納骨を決めて良かった、と思ったのも事実。






契約を済ませ、そのまま食事に出掛けた。


次男が予約してくれた洋食屋だ。



そこは夫が学生時代から行っていたグリルで


たまに学生時代の仲間とそこで集まっていて


名前だけは聞いていた。



私好みの洋食屋のような気がして


連れて行って欲しいと頼んだのだが


曖昧な返事で 結局は実現しなかった。



そんな話を次男にしたら、


「行ってみる?」と予約してくれたのだ。



古い、懐かしい昭和の雰囲気のお店で


想像していた通りだった。


お店の中はタイムスリップしたみたいに


本当に昭和の琥珀色のイメージだ。



ハンバーグステーキのセットを注文し


しばらくすると 


隣の席に夫や私くらいのご夫婦がすわった。


その日がご主人の誕生日のようだった。



仲良さげに談笑し 


奥さまが 


  「おめでとう。長生きしてね。」


と声をかけていた。



その言葉を聞いた瞬間に


私も おそらく次男も 固まった。




私と夫は こんなふうに


ここで こんな会話を交わすことは


もう絶対にない。



絶対にありえない光景が


私たちのすぐ隣にあって 眩しかった。








とても寒い夜で


店を出た後、震えながら駐車場まで歩いた。



叶えられなかったことを


代わりに次男が叶えてくれたのだろう。



夫の足跡を辿るみたいに。



東京へ行ってしまう前に。




朝、お骨の前には


そのお店の名刺が そっと置かれていた。