センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

闇の扉

誰でも心の闇を持っている。



平穏な日々の中では


闇は扉を閉ざしているが


望むと望まざるとに関わらず


ある日突然、扉が開く。







長男が保育園の年長だった頃


義父が入院した。


救急車で運ばれた、と連絡を受けたが


腸閉塞との診断だった。




腸閉塞はそれ単独の病気と言うより


盲腸などの手術跡が癒着したり


他の疾患が原因で起きたりする。


義父は手術の経験がなかったので


他の疾患について調べることになる。



そんな説明だった。





検査結果は


直腸癌だった。




まずは、腸閉塞の手術をして


そこを開いたまま


しばらく時間を置いて 


癌の手術を行うことになった。





私と夫は病院へ行った後


義父母の家に行ったが、


義母がひとりで家にいることを怖がったので


私がひとり、泊まることにした。


夫は翌日、会社があったからだ。


子供は実家に預けてあった。





夫が帰ると、私はお風呂に入った。


もう、夜も10時を過ぎていた。




お風呂を出ると、電話が鳴った。




 義父が 安静を保てず動いてしまう。


 夜間は人手が足りず


 お腹を開いたままの義父が動けば


 命に関わる。


 本来、付き添いは必要ないが、


 夜の付き添いをお願いしたい




という病院からの連絡を受けた


義姉からだった。



それを私に伝えた義母は



「あなたが行けばいい。」



と、すぐさま言った。


「私はこんな格好だから。」と。




自分はお風呂には入らない、と言った義母は


普通の普段着だった。



私は、と言えば


泊まる予定でなく駆けつけたので


寝巻もなくて、お風呂上がりに着ていたのは


夫のブカブカのスウェットの上下だった。




   しかし 義母の声には 



   「自分は絶対に行かない。」



  という、強い意志が感じられた。




私と義母は 義姉夫婦の車に乗って


病院へ向かった。



暗い病院前の道に 私と義兄が降ろされた。



義姉も義母も 


病室に向かうこともなく、


駐車場にさえ入ることもせず



そのまま義姉夫婦の家に向かった。




病院の玄関口へと とぼとぼ歩きながら


義兄が口を開いた。



  「こんなのはおかしい。



 命の保証ができないからと


 付き添いを頼まれたのに


 妻も 実の子二人も さっさと帰って


 血の繋がらない婿と嫁とが


 付き添うなんて。




義兄は 


  自分の父親が入院したら


  絶対に母親が付き添う。


  こんなことはありえない。



と、怒っていた。



私は 


義母の断固とした口調を思い出していた。



そして


その夜、義父の傍らに二人で座り、


互いに パートナーの飲酒について語り



離婚の可能性について語っていたのだった。





この日


思いも寄らない展開に


1番驚いていたのは 私だ。



義父の突然の入院が


この家族の それぞれの心の闇の扉を 


開いてしまったことに



ただ、ただ


呆然としていた。