センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

フロントガラスから見つめていたのは

その人は、突然目の前に現れた。



よく晴れた昼下り、車で国道を走っていた。


大きな交差点を右に曲がり、少し走ると


歩道から、若い女性が道路に出てきた。




見通しの良い、広い道路で


横断歩道からさほど離れてもいなかった。


その人は小走りになるわけでもなく、


ゆっくりと私の車の前に現れ、


止まった車のフロントガラス越しに


じっと私を見つめていた。



眼鏡をかけて、おかっぱ頭のその人は


まだ20代になるかならないかくらいで


表情がなく、声もなく、覗き込むように


ただ、ただ、


フロントガラス越しに


私を凝視していた。



交通量の少ない時間帯とは言え、


そこは車道だ。



道路を横断したいのだと思って


車を止めた私は


その人の異様さに驚き、


クラクションを鳴らすこともできず、


金縛りにあったように呆然としていた。



やがて、


その人はゆっくりと車を離れ、


そして、道路を横断して行った。






それからしばらくしてから、


知人と、ある商店の話をしていた。


私も数回、利用したことがあるお店だ。


知人は、そこのお嬢さんが


先日、投身自殺をした、と話し出した。


高架の駅から、身を投げたのだと…



知人の息子さんとそのお嬢さんが


中学時代の同級生で、


その関連で聞こえてきた話だと言う。



勉強が良くできる、優秀なお嬢さんで、


優秀過ぎて、精神を病んだと噂になった。


そんな話だった。






私がその話を聞いて、思い出したのは


フロントガラスから私を見つめていた、


    あの女性だ。


何故なら、


その人が現れた右手には大きな病院があり、


その人が横断した先には


まさにその高架の駅があったからだ。







本当のことはわからない。


確かめようもないし、確かめたくもない。


それは、もう15年ほど前の話で、


知人の息子さんには、


もう、成人したお嬢さんがいる。



それは、ずっとずっと前の話なのだが、


あの、フロントガラス越しの目は


何を見つめていたのか


そのまなざしが忘れられずにいる。




久しぶりにその道路を走って、


ふとそんなことを思い出したのだった。