センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 欠礼はがきの後先


欠礼はがきを出したら


何人かの友だちからお悔やみメールが来た。



夫はまだ60代だったから


少し早い、と感じたのだろう。 



驚いた、とかショックだった、とか


そんな言葉が並んだ。



死因を知りたい人もいた。


そこに 少しだけ


お悔やみではない何かを感じたけれど



人間にはそういう部分もある。




父が亡くなったとき


極秘で家族だけで送ったので



後に 


自殺ではないかと疑われていたことを知る。



人間って より悪いニュースの方を好む。


週刊誌の見出しを見るとよくわかる。




夫が 病で亡くなったのかそうでないのかを


知りたいという好奇心が勝ってしまった人を



責める気はないし、怒る気もない。



ただ、その好奇心の方が


私への思いよりも強かった、ということだ。



私はきっと


こんなことを予感していたのだと思う。



変に気を遣われるのも嫌だし


人の好奇心が勝る瞬間を見たくない。



気遣ってメールをくれたことへの謝意を


返信して



人の気持ちって 


本当にわかるようでわからないものなのだ


改めて思うのだった。



そういうものだと 理解していればいい。


人の気持ちにオールマイティのカードなんて


存在しないのだから。