センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

嘘も100回つけば本当になる


父が前立腺がんになって


いよいよホルモン療法が効かなくなったとき



痛みが強くなって その痛みを取るために


放射線治療を行うことになった。



そのための入院が 一気に病を悪化させた。



3か月もすると、私たちも覚悟して


痛みのコントロールが上手な


ホスピスに転院することになった。



入院は家族以外、誰にも知らせなかった。



自営業で取引先も多く、


知らせれば 見舞いラッシュになる。


最期となる入院に見舞いは不要だった。



父はどこかで覚悟していて


家族以外は誰にも会いたがらなかった。



入院が長くなると


父の友人や親戚が訝しんだ。



「お父さん、最近見ないけど?」


「お父さん、元気?



母は ほとんど父に付き添っていたので


その問いかけに答えるのは私の役目だった。



「ちょっと体調が悪くて 家で休んでます」


口が裂けても 入院とは言えなかった。



父の最期の大事な時間は 


義理にも人情にも 譲るわけにはいかない。



嘘をつくのは 辛い。


二度と家に戻れない入院を 隠すのは辛い。



いつもいつも


流れるように 嘘をつき続けた。



「嘘も100回つけば本当になる」



私はこの辛い嘘を


この言葉を繰り返すことで しのいだ。



この言葉が折れそうな自分を支えてくれた。


それは 私の願望でもあった。



父は家で療養している。


また、元気になって 帰って来る。




でも 嘘は100回ついても


本当にはならなかった。



私は ただの嘘つきだった。





父の友人や親戚からは


最期に会いたかった、と言われたけれど


父の希望どおり、家族葬にした。



まだ、家族葬が珍しかった頃だ。


私たちのやり方は陰で非難されていた。



けれど とても良い送り方ができた。


父の希望どおりだ。何の後悔もない。



私も 病に倒れたら 見舞いは不要だ。


この世の息が切れたら


家族だけで送って欲しい。



それが 本人の願いであるなら


守るべきことは 唯一つ。



義理も人情も


最期の願いには 席を譲るべきなのだ。



私も 元気な私だけを記憶に残して欲しい。


そのためになら



「嘘も100回つけば本当になる」