センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

 痛み分け


頭の片隅で気にはなっていたけれど、


突き詰めて考えないまま来てしまった。



私は友人をひとり失った。


マスオさんである。



それは突然のことだった。



久しぶりにマスオさんからLINEがあった。


秋にあるイベントのお誘いだった。



参加は抽選で決まるので、


マスオさんが申し込んでくれると言う。



体調次第ではあるけれど、抽選だし


お願いすることにした。



それは、まだかなり先のことなので、


打ち合わせがてらお茶でも、ということで


会うことになった。



しかし、当日、突然マスオさんから


キャンセルの連絡があった。



特に理由は書かれていなかったが、


なんだか嫌な予感がした。


それが先週のことだ。



今週になって、


マスオさんからLINEが来た。



突然キャンセルしたことのお詫びと、


もう、一切連絡はしない。


会うこともないのでよろしくお願いします。



というLINEだった。



奥様が私たちが個人的に会うことに


不快感を示したことがその理由だった。 



やっぱりなぁ、と思った。


嫌な予感は当たった。


頭の片隅でどこか気にはしていたことだ。



私たちは気の合う仲間で飲み会をしたり、


イベントに出かけたりしてきた。



だが、やがてメンバーが減り、


年齢の近い女性とマスオさんと私の3人で


約束することが増えた。



私たちは仲間に過ぎなかったが、


それでも、マスオさんには尋ねた。


女性と出かけて奥様に怒られないか、と。



マスオさんは笑いながら、


ちゃんと奥さんには了解を得てるからね、


安心して!と言った。



私はあまり飲めないので、


マスオさんと別の女性と2人で飲むことも


あった。



特別なことでもない関係性だった。



ただ、私の方が


マスオさんの街と近い所に住んでいたので


会う機会は私の方が多かった。



マスオさんの中身はおばさんで


私の中身はおじさんなので、


色恋に繋がるはずもなかった。



それでも、姿形は男と女なので、


傍目からその関係性を理解することは


難しいかも知れない。



何もやましいことがないからこそ、


マスオさんは素直にありのままに


奥様に私と会うことを伝えていたのだが、



奥様は快く送り出していたわけではなく、


そこにマスオさんは気付けなかった。


それがマスオさんらしくはあるのだが…







マスオさんのLINEは短い文面ではあったが、


厳しい話し合いが持たれたであろうことが


推察された。



私も、奥様の気持ちがよくわかる立場なのに


マスオさん同様に鈍感だったのである。




昔、夫がPTAの役員をしていたことがあり、


やれ懇親会だ何だと、頻繁に出かけた。



その役員の中に、夫好みの女性がいたのだ。


学生時代のコンパが忘れられない世代だ。


それはそれは楽しかったに違いない。



後に、男同士の飲み会にも


夫がその女性を誘っていたことがわかる。



発達障害の長男が酷いいじめを受けていて、


その対応に追われていた頃である。



家族の問題には無関心で、


楽しく飲み会に出かける夫が許せなかった。



誰を好きになってもいい。


好きなだけ飲みに行けばいい。



けれど、私と子どもが住むエリアで


コンパをやるのはやめて欲しい。


ここは私のテリトリーなのだ。



夫にはそう告げた。



夫がコンパに誘う女性は


長男の同級生の母親で、ママ友だったのだ。



私はその女性に嫉妬していたわけではない。


家族を忘れて、無防備にはしゃぐ夫に


嫉妬していたのだ。



だから、マスオさんの奥様の気持ちは


過去の私の気持ちなのである。



マスオさんも無防備にはしゃぎ、


私も気付かないふりで来てしまった。



色恋など、うんと遠い日の花火だ。



私たちは気の合うただの友人で


井戸端会議の仲間に過ぎない。



奥様は私に嫉妬したのではなく、


家族の知らない世界ではしゃぐ夫に


嫉妬していたのだと思う。



私は、マスオさんからのLINEに承知した旨と


「では、お元気でね」の言葉で返信した。


「頑張って下さい」のスタンプを添えて。



そして、既読になるのを確認してから、


速攻でマスオさんをブロックした。


飲み会のグループLINEからも退会した。



そこまでしないと、マスオさんが


奥様の信頼を回復させるのは難しいだろう。


そう考えたからだ。



こうして、私は友人をひとり失った。



悲しいとか、寂しいとかではない、


複雑な感情がある。



私は、初めて大事な友人をブロックした。


そして、マスオさんもまた、


初めて友人からブロックされた。



それに気づいたときの痛みは


容易に想像できるけれど



これは、


私たちの最初で最後の痛み分けなのだった。




森田童子/10 さよなら ぼくの ともだち