センチメンタル同盟

頭と身体の衰えが一致しない私の老いへの初めの一歩

自分の足で立つ

もう8年ほど前のことだろうか。


明日は台風がやって来る、という日だった。



突然、ガリガリに痩せた猫が現れた。



茶トラの成猫だったが、


雨に濡れて、痩せた体が際立っていた。



とりあえず 餌を与えると


人懐っこく鳴いて付いてくる。


野良は野良だが、飼われていた猫だった。



明日は台風だし、もう風も強くなっている。


見捨てるわけにもいかず、



実家の飼い猫になった。






この猫が完全に家に慣れた頃



自転車に乗った男性が 


外で寛ぐこの猫に声をかける姿を見た。



彼は 私の同級生だった。


小学校から中学校まで


何度か同じクラスになったこともあった。



卒業してから、その時まで


彼を見かけることは一度もなかったのに


猫と同様、突然に現れた。



そうして、時々 自転車を止めては


猫に声をかけて行った。



母は この猫が 彼の猫だったのでは?


と、考えて


彼にそう尋ねたが、彼は否定した。



やがて 自転車が徒歩になった。



足を骨折したとかで、松葉杖だった。


ようやく 普通に歩けるようになったが


そのうち 姿を見せなくなった。




私たちも日々忙しく、気にも留めなかった。


猫が来てから、1年が経っていた。






その夏は 連日 厳しい暑さが続いていた。



8月のある日




彼が 自宅で亡くなったという噂を聞いた。



死後、1か月ほどが経過しており


近所の人が 異臭に気付いたのだった。



聞こえて来た話は



父親はずっと前に亡くなり


いっしょに暮す母親も亡くなり



なかなか定職に付けない彼は


糖尿病を患い


ボロボロに傷んだ家に住んでいた。



母親が亡くなると


電気や水道を止められることもあり



見かねた近所の人が 


生活保護に結び付けてくれた。




あの猫も きっと彼の猫だった。






猫は生き延びたが



彼は 死後1か月も気付かれなかった。


孤独死というのか  孤立死というのか




彼には ひとり、姉がいたが、


彼の死後の後始末を頑なに拒んだらしい


と、噂が流れた。







人間は皆、ひとりで死んでいく。


家族がいようが 友だちがいようが


旅立つときは ひとりで逝く。




だから


孤独死だとか 孤立死だとかを ことさら


恐れることなどないけれど




生きる ということを考えたとき


困ったときには


助けてもらえる方法を


ちゃんと知っておくべきだ。



セーフティネットが ちゃんとあっても


それにたどり着くには


知恵と知識が必要だ。



この世の中は


人が言うほど悪くはないが


人が言うほど甘くもない。



黙っていても 痒い所に手が届くように


救いの手が差し伸べられるわけではない。



人付き合いは難しい。


人付き合いは面倒くさい。



それでも


そこから 一歩踏み出して


知恵と知識を蓄えて


自分の足で しっかり立つ。



努力だって必要なのだ。